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12月の酔っぱらい


夜遅くに電車を待っていると、
見知らぬひとに話しかけられることが多い気がいたします。
そんなとき、わたしは、身に危険のおよばぬ程度に、
相づちを打ったり、心配をしたり、ほほえんだりするようにしています。

12月だからでしょうか。
今日は酔っぱらいのおじいさんに話しかけられました。

「好きなひとと結婚する のと 
好きなことを仕事にする のは むずかしい。
ぼくは好きなことを仕事にできたけれど、
好きなひとと結婚できなかった。
きみによく似たひとだった。
いまはもう亡きひと・・・。」

お酒のにおいのする、白い息をはきながら、
わたしに語ってくれたお話。
おじいさんは、きっとずっと
そのひとのことを好きなのだろう と思いました。
酔ったときに誰かに話したくなるほど、
そのひとのことを想っているのだろう と思いました。

「がんばれよ!」
ぽんやりと話をきいていたわたしにこう言って、
おじいさんは、よたよたと立ち去っていきました。






反ダウンコート宣言!


この国は、いつからこれほどまでの
ダウンコート大国になってしまったのでしょうか。

批判をおそれずに申しますが、
わたしはダウンコートが好きではありません。
美しいと思ったこともなければ、
欲しいと思ったこともありません。

軽くて、あたたかい・・・、
それだけでみなさまダウンをお召しになるのでしょうか。

機能性はつきつめると美しい、
すぐれたモダニズム建築を見ると、わたしもそう思います。
ただダウンコートにはそこまでの境地を感じられません。
おしゃれにはある程度がまんも必要だと思うのです。

季節を大切に思うわたしにとって、
12月1日は冬のはじまりの日。
長いコートと手ぶくろを解禁いたしました。

ben02.jpg

ここ数年来のわたしの定番コートは、
英國GRENFELLの紺のダッフルコート。
そして、あこがれのベン・ウィショーもダッフルコート愛用者(さすが英國人) !


あれよあれよという間に、ポールおじさま [music]


ビートルズのこと、
ましてポール・マッカートニーのこと
あまりよく知らないわたしですが、
突然、コンサートに誘われて、
行ってまいりました。

ビートルズと言えば、
ごくまれに行くカラオケで同席者に
真心ブラザーズの「拝啓 ジョン・レノン」
を歌ってもらうくらいのご縁。
(自分では歌えない。しかもポールじゃないし・・・)

ポールと言えば、
ポール・ギャリコか、ポール・オースターだった
ポール違いのわたし。

こんなわたしが、
コンサートに行っていいものか迷いましたが、
あれよあれよという間に東京ドームへ。

すばらしかった!
あんな大きな会場で、そんなに知識のないわたしでも、
楽しませてくれたポールおじさまは、まさに生きる伝説。
おじさまは、音楽の神様だと思いました。

今宵は満月。
おやすみなさい、おじさま。
心にのこる夜をありがとう。




わたしの浅いビートルズ知識のなかで、いちばん好きな曲。

' You were only waiting for this moment to arise'



みじかい秋


なんだか切ない気分の秋の夜長、
いかがお過ごしでしょうか。

いつものことですが、随分ご無沙汰いたしました。

わたしは中ぐらい元気です。
しばらく何も書けなかったのは、
ただ何を書いていいのかわからない日が多かっただけ。

本を読んでも、
映画を見ても、
音楽をきいても、
美味しいものを食べても、
旅に出ても、
美しいものに触れても、
伝えたい!と思えるときとそうでないときとあります。

不思議ね。

最近のわたしは、
ようやく「あまロス」から立ち直りつつあったり
ルー・リードを悼んで、The Velvet Undergroundを聴いたり
今更ながら『1Q84』を、気分を害しながらも読み終えてしまったり
(年々村上春樹を受けつけないからだになりました)

・・・あいかわらずのほの暗さ

太陽のような女の子には、一生なれそうにありません。

baloon02.jpg

行ってみたいな、佐賀のバルーンフェスタ


 名月の夜の園子温


台風の夜でした。

部屋を暗くして、
ETV特集「映画にできること 園子温と大震災」
を見ていました。

彼は、本当に素晴らしい才能を持ったひとだと思います。
この番組を観て、改めてそう思いました。

真摯にまっすぐと、震災と向き合う園監督。
何度も、何度も被災地に赴き、その地の方と
言葉を交わし、映画や詩という表現を通して、
ありのままの真実と向き合う、園監督。

とても胸を打たれました。
気がついたら、涙がぽろぽろ、
ほほを伝っていました。

映画《希望の国》必ず観にゆこうと思います。


 少し ちがう 夏


お盆が過ぎると、そろそろ宿題やらないとなー、
なんていまだに思ってしまいます。

ぽんやりしていたら、夏が終わりそう。
昨日は、息絶えた蝉を2匹見ました。

今年は、わたし、梅雨の間、日本にはいなくて、
飛行機を降りたら、ぎらぎら夏になっていました。

最近のわたしは、ふらりと入ったギャラリーで、
気に入った作品があると、もとめたりしています。

いつもと同じ夏だけど、少しだけちがう夏。




ドイツにいたとき、autobahnを200km/hで疾走(ドイツ人の友人が)!
もちろん、ドイツ車で。
頭のなかで流れた曲は、この曲だった。



闇、光、信じること。 [music]


以前通っていた古着屋さんのお姉さんがおっしゃっていました。

「昔からのファンは、『オザケン』とは呼ばないの。
            『小沢くん』なのよ。       」

わたしは、彼のこと「オザケン」とも「小沢くん」とも呼べなくて、
いつも「小沢健二」って、フルネームで呼んでいました。
だから、その古着屋さんのお姉さんの言葉には、目からウロコ。

フリッパーズ・ギターをリアルタイムで知らない、わたし。
だけど、雑誌『Olive』で彼のことを知ったのは、びゅんっと誰もが
知る「オザケン」の少し前。
だから、わたし「小沢くん」とも、「オザケン」とも呼べなかったのね。


あれから、2年。
しばらく、彼の過去の作品を愛でることに慣れていたわたしは、
急に活発に、そしてなんだかたくましくなった、彼の様子に、
とまどいを隠せずにいました。
多分、そのすべてを受け入れるには、智慧がつきすぎたのかもしれません。

それでも、やっぱり、彼の紡ぎ出す言葉のひとつ、ひとつは、
洗練されていて、とまどい以上にほぅっと魅せられてしまう自分がいて・・・。
心の中に矛盾を抱えていました。

だから、再びコンサートの告知がなされた時、
2年前みたいに心から喜ぶことができませんでした。
なのに、気になって、気になって、仕方がなくって、
運良くチケットが手に入り、第一夜に足を運ぶことになったのです。

そのコンサートでわかったこと。
彼は、東京の街を、日本を、心から愛しているということ。
そして、今自分ができることを、必要としている人に、
一生懸命届けようとしていること。

全身でギターをかき鳴らし、歌をお歌いになる、その姿。
彼自身が、音楽のもつ力を知っていたからこそ、
そうせずにはいられなかったのだと思わせる舞台でした。

印象的だったのは、歌に合わせて、スクリーンに映し出される、
影絵、そして光の演出。その光を受けた方々の影。
・・・とても美しかった。
3階席のわたしは、何度も光を追って、舞台や客席、天井と
きょろきょろしてしまいました。


最近、彼の名を呼ぶときは、「小沢さん」。
心からの敬意をこめて。



東京の街が奏でる
小沢健二コンサート
二〇一二年三月四月
於 東京オペラシティ コンサートホール

s_malibu-kenji-ozawa.jpg

ピカソ、楳図かずおにつづき、ボーダーの殿堂入り。

2月のある一週間。


こゆーい、一週間を過ごしました。

東京に冷たい雪がふった日に、
園子温監督《ヒミズ》を観ました。

普段ぽんやりしているからか、
《かもめ食堂》とか好きそうって、言われることが多いわたし。
いえいえ、嫌いではありませんよ。
いい映画だと思いますよ。
だけど、わたし、園子温監督の映画がもっと好き。
同じ映画館でやっていた《しあわせのパン》よりも、
やっぱり《ヒミズ》を観てしまうのです。

彼の映画は、暴力的だったり、社会の闇であったり、
とにかく過激な描写が多いのですが、
そこからの
愛、希望、生命といったものの真実味が、すばらしく、
わたしの心にぐさりと届くのです。

被災後の日本であることが大きなテーマもなっていて、
被災直後の石巻で撮影をしたところもある《ヒミズ》。
彼らしいスタイルで「ともに生きよう」、と語りかけているような気がして、
園子温は、なんだか今和次郎みたいだなぁ、と思ってしまいました。


そして、同じ週に、代官山unitにて、cultsのライヴ。
去年買ったデビューアルバムが、とてもよくって、ライヴも観てみたいな
と思っていたところの来日。
冬の、ツーンとした空気にぴったりのサウンドでした。




映画も音楽も、ひとくせあるのを好みます。
でも、ときどきそういう自分が嫌になります。



切り通しをのぼったら [movie]


「きみ、何か言ったかい?」
「いや、何も・・・。」
「何か聞こえたような気がしたんだが・・・。」

サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」を聞きながら、
くり返されるこの会話。

そう、鈴木清順監督浪漫三部作のうち《ツィゴイネルワイゼン》
ユーロスペースにて観てまいりました(上映は2月3日までで終了)。

これは現実なのか、幻想なのか。
もしかしたら、その両者には区別などないのかもしれない。
鎌倉の街、海、山、ただそれだけが、実在するもののようで、
なんだか不思議な気がいたしました。
切り通しをのぼったら、そこはわたしの知らない世界。

蟹、うなぎの肝、瞳のゴミをぬぐう女の舌、血がしみた骨、熟れた桃・・・、
暗い画面のなかの印象的な、鮮やかな紅。

怖いのだけど、美しい。
死ととなり合わせの、美しさ。


ツィゴイネルワイゼン [DVD]




鎌倉、ペリアン、そしてこけし [art]


ずっと行きたかった、シャルロット・ペリアンの展覧会
最終日の今日、ようやく行ってまいりました。

ル・コルビュジエが苦手としたインテリアの設計を
ピエール・ジャンヌレとともに手がけたことで知られる、ペリアン。
《シェーズ・ロング》や《グラン・コンフォール》といった椅子は、
今でも色あせることのないデザインとして、愛され続けています。

坂倉準三設計の神奈川県立近代美術館で、
ペリアンの作品を見ることのできるよろこび。
坂倉とペリアンは、コルビュジエのアトリエで、
ともに研鑚を積んだ仲間でした。坂倉や、やはり
同じ時期にコルビュジエのアトリエにいた前川國男
との交流から、彼女は日本への関心を深めます。

そして、工芸指導所の招きによって来日。
柳宗悦らによる民芸運動や東北地方の生活調査から、
竹や藁蓑といった材料と出会い、家具に応用するのです。

ペリアンの創作活動を、図面や写真、手紙、現存する家具などで
振りかえるこの展覧会。本でしか見たことがなかった資料や作品を
実見することができて、学ぶことの多い展覧会でした。

実はわたし、草月流の華道を長年やっているのですが、
草月の花材として、昔から竹が用いられることが多いのは、
もしかしたら創始者の勅使河原蒼風がペリアンから影響を
受けたのかなと思いました。丹下健三の草月会館の家具を
ペリアンが手がけていたりして、交流があるのです。

竹は、今では東洋を象徴するようなものと思われがちですが、
あくまでそれは「民芸」であって、日本美術の伝統として、
芸術的に重きを置かれることはありませんでした。

この展覧会、広島市現代美術館、目黒区美術館にも巡回する
ので、興味のある方は、ぜひご覧になってみて下さい。

そうそう、神奈川県立近代美術館といえば、鶴ヶ岡八幡宮の
境内にございます。もちろん初詣もしてまいりましたよ。

そのあとは、念願の沼田元氣先生のコケーシカへ。
かわいいこけしと出会い、ほくほくと連れ帰ったのでした。


IMG_3067.JPG

今年はじめてのお買いものは、こけし。


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